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values | Context stringlengths 1 4.96k | Question stringlengths 7 248 | GroundtruthAnswer stringlengths 2 663 |
|---|---|---|---|---|
JCRRAG_000901 | 金融 | Q. 住宅ローン減税と繰上返済、どちらを優先させた方がいいですか?
〈私、悩んでいます〉
2021年に3,000万円を借り入れ、新築マンションを購入しました。しかし、返済期間が35年と長いため、繰上返済で返済期間を縮めたいと考えています。ただ、住宅ローン減税の期間中に行うと控除額も減ってしまいます。やはり、繰上返済を行う時期は、控除期間の終了以降がいいのでしょうか? (男性/36歳)
ファイナンシャル・プランナーからのアドバイス
住宅ローン減税期間中に繰上返済を実施した方が有利か否かは、ほぼ金利で決まる
実際にどちらを優先させるかは金融機関等に相談することがおすすめ
無理な繰上返済は避け、原資はあくまで余裕資金から
住宅ローン減... | 住宅ローン減税期間中に繰上返済を実施したほうが有利か否かは、何で決まりますか? | 住宅ローン減税期間中に繰上返済を実施したほうが有利か否かは、ほぼ金利で決まります。 |
JCRRAG_000902 | 金融 | Q. 住宅ローン減税と繰上返済、どちらを優先させた方がいいですか?
〈私、悩んでいます〉
2021年に3,000万円を借り入れ、新築マンションを購入しました。しかし、返済期間が35年と長いため、繰上返済で返済期間を縮めたいと考えています。ただ、住宅ローン減税の期間中に行うと控除額も減ってしまいます。やはり、繰上返済を行う時期は、控除期間の終了以降がいいのでしょうか? (男性/36歳)
ファイナンシャル・プランナーからのアドバイス
住宅ローン減税期間中に繰上返済を実施した方が有利か否かは、ほぼ金利で決まる
実際にどちらを優先させるかは金融機関等に相談することがおすすめ
無理な繰上返済は避け、原資はあくまで余裕資金から
住宅ローン減... | 住宅ローン減税(住宅借入金等特別控除)は、何税金から控除されるものですか? | 住宅ローン減税(住宅借入金等特別控除)は、所得税から控除されるものです。 |
JCRRAG_000903 | 国語 | 学問上の閲歴のようなものを書けという『思想』の編輯部からの話があった。これまでもあちこちから同じことをしばしば勧められたが、いつも書く気になれなかった。人に語るほどの閲歴もないし、久しい前のことは記憶もはっきりせず、その上に、じぶんのことを書くのは書きにくくもあるので、筆をとりかねたのである。それに、ぼくがいくらか学問上のしごとをしたとするにしても、その大部分は一般の学界とは殆どかかりあいのないものであったから、ぼくの閲歴はぼくだけの閲歴であって、それによって学界の動向などが知られるわけでもなく、従ってそれを書くことに大した意味はない、という理由もあった。しかし書かないことを固執するにも及ぶまいから、思い出されることを思い出すままに... | 大正時代の末ころから後のおもな著作は何ですか。 | おもな著作はシナ思想に関するものです。 |
JCRRAG_000904 | 国語 | 学問上の閲歴のようなものを書けという『思想』の編輯部からの話があった。これまでもあちこちから同じことをしばしば勧められたが、いつも書く気になれなかった。人に語るほどの閲歴もないし、久しい前のことは記憶もはっきりせず、その上に、じぶんのことを書くのは書きにくくもあるので、筆をとりかねたのである。それに、ぼくがいくらか学問上のしごとをしたとするにしても、その大部分は一般の学界とは殆どかかりあいのないものであったから、ぼくの閲歴はぼくだけの閲歴であって、それによって学界の動向などが知られるわけでもなく、従ってそれを書くことに大した意味はない、という理由もあった。しかし書かないことを固執するにも及ぶまいから、思い出されることを思い出すまま... | 学問上の論文らしいものを書いたのはいつ頃からですか。 | 明治時代の末からです。 |
JCRRAG_000905 | 国語 | 学問上の閲歴のようなものを書けという『思想』の編輯部からの話があった。これまでもあちこちから同じことをしばしば勧められたが、いつも書く気になれなかった。人に語るほどの閲歴もないし、久しい前のことは記憶もはっきりせず、その上に、じぶんのことを書くのは書きにくくもあるので、筆をとりかねたのである。それに、ぼくがいくらか学問上のしごとをしたとするにしても、その大部分は一般の学界とは殆どかかりあいのないものであったから、ぼくの閲歴はぼくだけの閲歴であって、それによって学界の動向などが知られるわけでもなく、従ってそれを書くことに大した意味はない、という理由もあった。しかし書かないことを固執するにも及ぶまいから、思い出されることを思い出すまま... | 『国民思想の研究』に手をつけはじめたのはいつ頃ですか。 | 『国民思想の研究』に手をつけはじめたのは明治三十三(一九〇〇)年であったようです。 |
JCRRAG_000906 | 国語 | 弥勒まではそこからまだ十町ほどある。
三田ヶ谷村といっても、一ところに人家がかたまっているわけではなかった。そこに一軒、かしこに一軒、杉の森の陰に三四軒、野の畠はたの向こうに一軒というふうで、町から来てみると、なんだかこれでも村という共同の生活をしているのかと疑われた。けれど少し行くと、人家が両側に並び出して、汚ない理髪店、だるまでもいそうな料理店、子供の集まった駄菓子屋などが眼にとまった。ふと見ると平家ひらや造りの小学校がその右にあって、門に三田ヶ谷村弥勒高等尋常小学校と書いた古びた札がかかっている。授業中で、学童の誦読の声に交って、おりおり教師の甲走った高い声が聞こえる。埃に汚よごれた硝子窓には日が当たって、ところどころ生徒... | 垣の隅には何が日を受けていましたか。 | 垣の隅には椿と珊瑚樹との厚い緑の葉が日を受けていました。 |
JCRRAG_000907 | 国語 | 弥勒まではそこからまだ十町ほどある。
三田ヶ谷村といっても、一ところに人家がかたまっているわけではなかった。そこに一軒、かしこに一軒、杉の森の陰に三四軒、野の畠はたの向こうに一軒というふうで、町から来てみると、なんだかこれでも村という共同の生活をしているのかと疑われた。けれど少し行くと、人家が両側に並び出して、汚ない理髪店、だるまでもいそうな料理店、子供の集まった駄菓子屋などが眼にとまった。ふと見ると平家ひらや造りの小学校がその右にあって、門に三田ヶ谷村弥勒高等尋常小学校と書いた古びた札がかかっている。授業中で、学童の誦読の声に交って、おりおり教師の甲走った高い声が聞こえる。埃に汚よごれた硝子窓には日が当たって、ところどころ生徒... | 三田ヶ谷村に入っていくと、どのような建物が目に止まりましたか。 | 汚ない理髪店、だるまでもいそうな料理店、子供の集まった駄菓子屋などが目に止まりました。 |
JCRRAG_000908 | 国語 | 今朝の夢・大きな象が
田井田かわず
散らかった部屋の床に布団を敷いて寝ていると、夢見心地に何かの音が聞こえた気がした。意識を持ちあげて耳をすましてみると、どうやら気のせいというわけでも、夢の中というわけでも無いようだ。
興味をそそられて、私にしては珍しく果敢に布団から起き出し、ダイニングに居た父に声をかけた。
「父さん、これ何の音?」
トランペットとか、ああいったたぐいの楽器をとりあえず思いっきり吹いてみたような音、と言えば伝わるかどうかは分からないが、とりあえずそういう音が遠くから何かの信号のように響いている。父はただ、窓の外を眺めながら呟いた。
「さぁ、なんだろな」
音の出所はハッキリしているようで、家からは長い坂を下... | 公園は歩いて何分ぐらいのところにあるのですか。 | 公園は歩いて四十分ほどの所にあります。 |
JCRRAG_000909 | 国語 | 岡の家
鈴木三重吉
岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休みなくはたらきました。そして、夕方になるとやっと一時間だけ、かってにあそぶ時間をもらいました。
そのときには、男の子は、いつもきまって、もう一つうしろの岡の上へ出かけました。そこへ上ると、何十町か向うの岡の上に、金の窓のついたお家が見えました。男の子は、まいにち、そのきれいな窓を見にいきました。窓はいつも、しばらくの間きらきらと、まぶしいほど光っています。そのうちに家の人が戸をしめると見え... | 女の子の髪の毛は何色でしたか。 | 女の子の髪の毛は、きれいな金色でした。 |
JCRRAG_000910 | 国語 | 紙幣鶴
斎藤茂吉
ある晩カフェに行くと、一隅の卓に倚ったひとりの娘が、墺太利の千円紙幣でしきりに鶴を折っている。ひとりの娘というても、僕は二度三度その娘と話したことがあった。僕の友と一しょに夕餐をしたこともあった。世の人々は、この娘の素性などをいろいろ穿鑿せぬ方が賢いとおもう。娘の前を通りしなに、僕はちょっと娘と会話をした。
「こんばんは。何している」
「こんばんは。どうです、旨いでしょう」
「なんだ千円札じゃないか。勿体ないことをするね」
「いいえ、ちっとも勿体なかないわ。ごらんなさい、墺太利のお金は、こうやってどんどん飛ぶわ」
そうして娘は口を細め、頬をふくらめて、紙幣で折った鶴をぷうと吹いた。鶴は虚空に舞い上ったが、忽ち... | 娘は口を細めて何を吹きましたか。 | 娘は口を細めて紙幣で折った鶴を吹きました。 |
JCRRAG_000911 | 国語 | 岡の家
鈴木三重吉
岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休みなくはたらきました。そして、夕方になるとやっと一時間だけ、かってにあそぶ時間をもらいました。
そのときには、男の子は、いつもきまって、もう一つうしろの岡の上へ出かけました。そこへ上ると、何十町か向うの岡の上に、金の窓のついたお家が見えました。男の子は、まいにち、そのきれいな窓を見にいきました。窓はいつも、しばらくの間きらきらと、まぶしいほど光っています。そのうちに家の人が戸をしめると見え... | 何十町か向うの岡の上に見えたものは何ですか。 | 金の窓のついたお家が、何十町か向うの岡の上に見えました。 |
JCRRAG_000912 | 国語 | ある日私は大通りからそっちの方へと入って行って見た。
私はそこにガラス窓や、ドアや、不恰好なヴェランダや、低い物干台などを発見した。二条三条ある横の通りを縦に小さな巷路の貫ぬいているのを発見した。新開地でもあるかのように新しくぞんざいに建てられた二階屋の軒から軒へと続いてつらなっているのを発見した。しかもところどころに空地があってそこに夕日がさし込んで来ているのを、二階の小さな窓のところに柘榴か何かの盆栽が置いてあって、それにその余照が明るくさし添っているのを発見した。これが魚河岸だろうか。かつてはこの大都会の胃であり腸であった魚河岸の内部だろうか。それは私とて今までに一度だってその内部に入って見たことがあるのではなかった。それ... | 私はどのような様子で静かに歩きましたか。 | 私は古都でもさまよっている詩人のようにして静かに歩きました。 |
JCRRAG_000913 | 国語 | 学問上の閲歴のようなものを書けという『思想』の編輯部からの話があった。これまでもあちこちから同じことをしばしば勧められたが、いつも書く気になれなかった。人に語るほどの閲歴もないし、久しい前のことは記憶もはっきりせず、その上に、じぶんのことを書くのは書きにくくもあるので、筆をとりかねたのである。それに、ぼくがいくらか学問上のしごとをしたとするにしても、その大部分は一般の学界とは殆どかかりあいのないものであったから、ぼくの閲歴はぼくだけの閲歴であって、それによって学界の動向などが知られるわけでもなく、従ってそれを書くことに大した意味はない、という理由もあった。しかし書かないことを固執するにも及ぶまいから、思い出されることを思い出すまま... | 書物を買う余裕すらもなかったので、どこの図書館が利用されましたか。 | ウエノの図書館が利用されました。 |
JCRRAG_000914 | 国語 | 女靴下の話
西東三鬼
人間五十年以上も生きていると、誰でも私の経験したような、奇々怪不可思議な出来事に一度や二度はあうものであろうか。恥を語らねば筋が通らない。話は私の朝帰りから始まる。
およそ朝帰りなるもの、こんないやな気持のものはない。良心の苛責といってしまえばそれまでだが、もっと肉体的な、たとえばズボンのうしろに自分だけが尻尾をぶらさげて歩いているような、みじめな気持である。さてその朝帰りの玄関に出迎えたのが、思いきや、十年以上も会わない東京の悪友で、のっけのセリフが「おかえんなさいまし、エヘヘ」であった。どさくさまぎれの朝酒が夕酒になる頃、初老の悪童のろけていうには、輓近二十二歳の愛人を得て昼夜兼行、多々ますます弁じて... | 話は何から始まりますか。 | 話は、「私の朝帰り」から始まります。 |
JCRRAG_000915 | 国語 | つぎの日も、そのつぎの日も、葉子は森先生を橋の上で待合して学校へ行った。けれどノートの事については何にも仰有らなかった。葉子もそれをきこうとはしなかった。
光子は葉子が先生と一緒に学校へ来るのが妬しくてならなかった。その週間も過ぎて、つぎの地理の時間が来た。
葉子が忘れようとしていた記憶はまた新しくなった。葉子は、おずおずと先生の方を見た。先週習ったところは幾度となく復習して来たから、どこをきかれても答えられたけれど、先生は葉子の方を決して見なかった。そして光子に向って、
「巴里はどこの都ですか」とお訊ねになった。すると「佛蘭西の都であります」と光子が嬉しそうに答えた。
地理の時間が終ると、運動場のアカシヤの木の下へいって、... | 光子は何が妬しくてならなかったですか。 | 光子は葉子が先生と一緒に学校へ来るのが妬しくてならなかったです。 |
JCRRAG_000916 | 国語 | 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳... | メロスは刑場に着くと、何に齧りつきましたか。 | メロスは、磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に齧りつきました。 |
JCRRAG_000917 | 国語 | つぎの日も、そのつぎの日も、葉子は森先生を橋の上で待合して学校へ行った。けれどノートの事については何にも仰有らなかった。葉子もそれをきこうとはしなかった。
光子は葉子が先生と一緒に学校へ来るのが妬しくてならなかった。その週間も過ぎて、つぎの地理の時間が来た。
葉子が忘れようとしていた記憶はまた新しくなった。葉子は、おずおずと先生の方を見た。先週習ったところは幾度となく復習して来たから、どこをきかれても答えられたけれど、先生は葉子の方を決して見なかった。そして光子に向って、
「巴里はどこの都ですか」とお訊ねになった。すると「佛蘭西の都であります」と光子が嬉しそうに答えた。
地理の時間が終ると、運動場のアカシヤの木の下へいって、... | 先生が、巴里はどこの都かと尋ねると光子は何と答えましたか。 | 光子は、「佛蘭西の都であります」と嬉しそうに答えました。 |
JCRRAG_000918 | 国語 | 女靴下の話
西東三鬼
人間五十年以上も生きていると、誰でも私の経験したような、奇々怪不可思議な出来事に一度や二度はあうものであろうか。恥を語らねば筋が通らない。話は私の朝帰りから始まる。
およそ朝帰りなるもの、こんないやな気持のものはない。良心の苛責といってしまえばそれまでだが、もっと肉体的な、たとえばズボンのうしろに自分だけが尻尾をぶらさげて歩いているような、みじめな気持である。さてその朝帰りの玄関に出迎えたのが、思いきや、十年以上も会わない東京の悪友で、のっけのセリフが「おかえんなさいまし、エヘヘ」であった。どさくさまぎれの朝酒が夕酒になる頃、初老の悪童のろけていうには、輓近二十二歳の愛人を得て昼夜兼行、多々ますます弁じて... | 家人が煙草の代りに指先にぶらさげて来たのは何でしたか。 | 家人が煙草の代りに指先にぶらさげて来たのは、ナイロンの女靴下でした。 |
JCRRAG_000919 | 国語 | 女靴下の話
西東三鬼
人間五十年以上も生きていると、誰でも私の経験したような、奇々怪不可思議な出来事に一度や二度はあうものであろうか。恥を語らねば筋が通らない。話は私の朝帰りから始まる。
およそ朝帰りなるもの、こんないやな気持のものはない。良心の苛責といってしまえばそれまでだが、もっと肉体的な、たとえばズボンのうしろに自分だけが尻尾をぶらさげて歩いているような、みじめな気持である。さてその朝帰りの玄関に出迎えたのが、思いきや、十年以上も会わない東京の悪友で、のっけのセリフが「おかえんなさいまし、エヘヘ」であった。どさくさまぎれの朝酒が夕酒になる頃、初老の悪童のろけていうには、輓近二十二歳の愛人を得て昼夜兼行、多々ますます弁じて... | 朝帰りの玄関に出迎えたのは誰でしたか。 | 朝帰りの玄関に出迎えたのは、十年以上も会わない東京の悪友でした。 |
JCRRAG_000920 | 国語 | 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳... | ひとりの少女がメロスに捧げた物は何ですか。 | ひとりの少女がメロスに捧げた物は緋のマントです。 |
JCRRAG_000921 | 国語 | 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳... | メロスはどのように殴りましたか。 | メロスは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬を殴りました。 |
JCRRAG_000922 | 国語 | つぎの日も、そのつぎの日も、葉子は森先生を橋の上で待合して学校へ行った。けれどノートの事については何にも仰有らなかった。葉子もそれをきこうとはしなかった。
光子は葉子が先生と一緒に学校へ来るのが妬しくてならなかった。その週間も過ぎて、つぎの地理の時間が来た。
葉子が忘れようとしていた記憶はまた新しくなった。葉子は、おずおずと先生の方を見た。先週習ったところは幾度となく復習して来たから、どこをきかれても答えられたけれど、先生は葉子の方を決して見なかった。そして光子に向って、
「巴里はどこの都ですか」とお訊ねになった。すると「佛蘭西の都であります」と光子が嬉しそうに答えた。
地理の時間が終ると、運動場のアカシヤの木の下へいって、... | 葉子は、朝子に何を打明けましたか。 | 葉子は朝子に、森先生が好きであること、しかし先生が自分に怒っているように感じることを打ち明けました。 |
JCRRAG_000923 | 国語 | まず、いろいろの話をする前に、前提として私の父祖のこと、つまり、私の家のことを概略話します。
私の父は中島兼松といいました。その三代前は因州侯の藩中で中島重左エ門と名乗った男。悴に同苗長兵衛というものがあって、これが先代からの遺伝と申すか、大層美事な髯をもっておった人物であったから、世間から「髯の長兵衛」と綽名されていたという。その長兵衛の子の中島富五郎になって私の家は全くの町人となりました。
富五郎の子が兼松、これが私の父であります。父の家は随分と貧乏でありました。これは父が道楽をしたためとか、心掛けが悪かったとかいうことからではありません。全く心柄ではないので、父の兼松は九歳の時から身体の悪い父親の一家を背負せおって立って... | 兼松が妻を迎えた後は、何と名が通っていましたか。 | 兼松が妻を迎えた後は、孝行息子というので名が通っていました。 |
JCRRAG_000924 | 国語 | 岡の家
鈴木三重吉
岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休みなくはたらきました。そして、夕方になるとやっと一時間だけ、かってにあそぶ時間をもらいました。
そのときには、男の子は、いつもきまって、もう一つうしろの岡の上へ出かけました。そこへ上ると、何十町か向うの岡の上に、金の窓のついたお家が見えました。男の子は、まいにち、そのきれいな窓を見にいきました。窓はいつも、しばらくの間きらきらと、まぶしいほど光っています。そのうちに家の人が戸をしめると見え... | 男の子は何を食べて寝ましたか。 | 男の子は、牛乳とパンを食べて寝ました。 |
JCRRAG_000925 | 国語 | 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳... | セリヌンティウスはメロスのどこを殴りましたか。 | セリヌンティウスは、メロスの右頬を殴りました。 |
JCRRAG_000926 | 国語 | まず、いろいろの話をする前に、前提として私の父祖のこと、つまり、私の家のことを概略話します。
私の父は中島兼松といいました。その三代前は因州侯の藩中で中島重左エ門と名乗った男。悴に同苗長兵衛というものがあって、これが先代からの遺伝と申すか、大層美事な髯をもっておった人物であったから、世間から「髯の長兵衛」と綽名されていたという。その長兵衛の子の中島富五郎になって私の家は全くの町人となりました。
富五郎の子が兼松、これが私の父であります。父の家は随分と貧乏でありました。これは父が道楽をしたためとか、心掛けが悪かったとかいうことからではありません。全く心柄ではないので、父の兼松は九歳の時から身体の悪い父親の一家を背負せおって立って... | 私の父中島兼松の三代前の人物は誰ですか。 | 私の父中島兼松の三代前の人物は、因州侯の藩中で中島重左エ門と名乗った男です。 |
JCRRAG_000927 | 国語 | まず、いろいろの話をする前に、前提として私の父祖のこと、つまり、私の家のことを概略話します。
私の父は中島兼松といいました。その三代前は因州侯の藩中で中島重左エ門と名乗った男。悴に同苗長兵衛というものがあって、これが先代からの遺伝と申すか、大層美事な髯をもっておった人物であったから、世間から「髯の長兵衛」と綽名されていたという。その長兵衛の子の中島富五郎になって私の家は全くの町人となりました。
富五郎の子が兼松、これが私の父であります。父の家は随分と貧乏でありました。これは父が道楽をしたためとか、心掛けが悪かったとかいうことからではありません。全く心柄ではないので、父の兼松は九歳の時から身体の悪い父親の一家を背負せおって立って... | 兼松は一生誰のために奉仕し尽くしていましたか。 | 兼松の一生はほとんどすべてを父親のために奉仕し尽くしていました。 |
JCRRAG_000928 | 国語 | 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳... | 何にひきずられて最後の死力を尽してメロスは走りましたか。 | メロスは、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走りました。 |
JCRRAG_000929 | 国語 | 女靴下の話
西東三鬼
人間五十年以上も生きていると、誰でも私の経験したような、奇々怪不可思議な出来事に一度や二度はあうものであろうか。恥を語らねば筋が通らない。話は私の朝帰りから始まる。
およそ朝帰りなるもの、こんないやな気持のものはない。良心の苛責といってしまえばそれまでだが、もっと肉体的な、たとえばズボンのうしろに自分だけが尻尾をぶらさげて歩いているような、みじめな気持である。さてその朝帰りの玄関に出迎えたのが、思いきや、十年以上も会わない東京の悪友で、のっけのセリフが「おかえんなさいまし、エヘヘ」であった。どさくさまぎれの朝酒が夕酒になる頃、初老の悪童のろけていうには、輓近二十二歳の愛人を得て昼夜兼行、多々ますます弁じて... | 不覚にも狼狽したのは誰ですか。 | 不覚にも狼狽したのは「私」です。 |
JCRRAG_000930 | 国語 | 弥勒まではそこからまだ十町ほどある。
三田ヶ谷村といっても、一ところに人家がかたまっているわけではなかった。そこに一軒、かしこに一軒、杉の森の陰に三四軒、野の畠はたの向こうに一軒というふうで、町から来てみると、なんだかこれでも村という共同の生活をしているのかと疑われた。けれど少し行くと、人家が両側に並び出して、汚ない理髪店、だるまでもいそうな料理店、子供の集まった駄菓子屋などが眼にとまった。ふと見ると平家ひらや造りの小学校がその右にあって、門に三田ヶ谷村弥勒高等尋常小学校と書いた古びた札がかかっている。授業中で、学童の誦読の声に交って、おりおり教師の甲走った高い声が聞こえる。埃に汚よごれた硝子窓には日が当たって、ところどころ生徒... | 村長は何歳ぐらいですか。 | 村長は四十五ぐらいです。 |
JCRRAG_000931 | 国語 | 紙幣鶴
斎藤茂吉
ある晩カフェに行くと、一隅の卓に倚ったひとりの娘が、墺太利の千円紙幣でしきりに鶴を折っている。ひとりの娘というても、僕は二度三度その娘と話したことがあった。僕の友と一しょに夕餐をしたこともあった。世の人々は、この娘の素性などをいろいろ穿鑿せぬ方が賢いとおもう。娘の前を通りしなに、僕はちょっと娘と会話をした。
「こんばんは。何している」
「こんばんは。どうです、旨いでしょう」
「なんだ千円札じゃないか。勿体ないことをするね」
「いいえ、ちっとも勿体なかないわ。ごらんなさい、墺太利のお金は、こうやってどんどん飛ぶわ」
そうして娘は口を細め、頬をふくらめて、紙幣で折った鶴をぷうと吹いた。鶴は虚空に舞い上ったが、忽ち... | 「娘」は千円紙幣で何を折っていましたか。 | 「娘」は千円紙幣で鶴を折っていました。 |
JCRRAG_000932 | 国語 | 岡の家
鈴木三重吉
岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休みなくはたらきました。そして、夕方になるとやっと一時間だけ、かってにあそぶ時間をもらいました。
そのときには、男の子は、いつもきまって、もう一つうしろの岡の上へ出かけました。そこへ上ると、何十町か向うの岡の上に、金の窓のついたお家が見えました。男の子は、まいにち、そのきれいな窓を見にいきました。窓はいつも、しばらくの間きらきらと、まぶしいほど光っています。そのうちに家の人が戸をしめると見え... | 男の子は、お母さまからもらったパンをどうしましたか。 | 男の子は、お母さまからもらったパンをポケットにおしこみ、道ばたの小さな川のふちで食べました。そして、食べあまったかたいパンの皮を小さく切って、周りに振りまきました。 |
JCRRAG_000933 | 国語 | 弥勒まではそこからまだ十町ほどある。
三田ヶ谷村といっても、一ところに人家がかたまっているわけではなかった。そこに一軒、かしこに一軒、杉の森の陰に三四軒、野の畠はたの向こうに一軒というふうで、町から来てみると、なんだかこれでも村という共同の生活をしているのかと疑われた。けれど少し行くと、人家が両側に並び出して、汚ない理髪店、だるまでもいそうな料理店、子供の集まった駄菓子屋などが眼にとまった。ふと見ると平家ひらや造りの小学校がその右にあって、門に三田ヶ谷村弥勒高等尋常小学校と書いた古びた札がかかっている。授業中で、学童の誦読の声に交って、おりおり教師の甲走った高い声が聞こえる。埃に汚よごれた硝子窓には日が当たって、ところどころ生徒... | 校長はどのような体格ですか。 | 校長は顔の長い、背の高い、どっちかといえばやせたほうの体格です。 |
JCRRAG_000934 | 国語 | 岡の家
鈴木三重吉
岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休みなくはたらきました。そして、夕方になるとやっと一時間だけ、かってにあそぶ時間をもらいました。
そのときには、男の子は、いつもきまって、もう一つうしろの岡の上へ出かけました。そこへ上ると、何十町か向うの岡の上に、金の窓のついたお家が見えました。男の子は、まいにち、そのきれいな窓を見にいきました。窓はいつも、しばらくの間きらきらと、まぶしいほど光っています。そのうちに家の人が戸をしめると見え... | 女の子が見せてくれた牛は、どんな牛でしたか。 | 女の子は、ひたいに白い星のある、黒い小牛を見せてくれました。 |
JCRRAG_000935 | 国語 | ある女の生涯
島崎藤村
おげんはぐっすり寝て、朝の四時頃には自分の娘や小さな甥なぞの側に眼をさました。慣れない床、慣れない枕、慣れない蚊帳の内で、そんなに前後も知らずに深く眠られたというだけでも、おげんに取ってはめずらしかった。気の置けないものばかり――娘のお新に、婆やに、九つになる小さな甥まで入れると、都合四人も同じ蚊帳の内に枕を並べて寝たこともめずらしかった。
八月のことで、短か夜を寝惜むようなお新はまだよく眠っていた。おげんはそこに眠っている人形の側でも離れるようにして、自分の娘の側を離れた。蚊帳を出て、部屋の雨戸を一二枚ほど開けて見ると、夏の空は明けかかっていた。
「漸く来た。」
とおげんは独りでそれを言って見た。そ... | 蜂谷の医院は何駅の近くにありましたか。 | 蜂谷の医院は中央線の須原駅の近くにありました。 |
JCRRAG_000936 | 国語 | 西洋科学は素晴らしい
C. スミス C. Smith
The Creative CAT 訳
一人の火星人と三人の共産主義者の出任せ話でございます
火星人は御影石の小さな断崖の上に座っていた。そよ風を楽しめるように小ぶりな樅の木の形態を取っている。尖った常緑樹の葉の間を風が気持ちよく吹いていった。
崖下に一人のアメリカ人が立っていた。火星人が目にした初めてのアメリカ人である。
アメリカ人はポケットから魅惑的なまでに巧妙な装置を取り出した。金属製の小箱で、ノズルが持ち上がると即座に炎を発した。彼は苦もなくこの神秘の装置から、至福を齎す薬草の詰まった円筒に火を移した。火星人はこれがアメリカ人たちがシガレットと呼ぶものであることを... | 火星人は何を検めましたか。 | 火星人は、ライターを検めました。 |
JCRRAG_000937 | 国語 | まず、いろいろの話をする前に、前提として私の父祖のこと、つまり、私の家のことを概略話します。
私の父は中島兼松といいました。その三代前は因州侯の藩中で中島重左エ門と名乗った男。悴に同苗長兵衛というものがあって、これが先代からの遺伝と申すか、大層美事な髯をもっておった人物であったから、世間から「髯の長兵衛」と綽名されていたという。その長兵衛の子の中島富五郎になって私の家は全くの町人となりました。
富五郎の子が兼松、これが私の父であります。父の家は随分と貧乏でありました。これは父が道楽をしたためとか、心掛けが悪かったとかいうことからではありません。全く心柄ではないので、父の兼松は九歳の時から身体の悪い父親の一家を背負せおって立って... | 富五郎が高座に出た時の評判はどうでしたか。 | 富五郎が高座に出た時の評判は、大層評判がよろしく、「肴屋の富さんが出るなら聞きに行こう」というようなわけでした。 |
JCRRAG_000938 | 国語 | 女靴下の話
西東三鬼
人間五十年以上も生きていると、誰でも私の経験したような、奇々怪不可思議な出来事に一度や二度はあうものであろうか。恥を語らねば筋が通らない。話は私の朝帰りから始まる。
およそ朝帰りなるもの、こんないやな気持のものはない。良心の苛責といってしまえばそれまでだが、もっと肉体的な、たとえばズボンのうしろに自分だけが尻尾をぶらさげて歩いているような、みじめな気持である。さてその朝帰りの玄関に出迎えたのが、思いきや、十年以上も会わない東京の悪友で、のっけのセリフが「おかえんなさいまし、エヘヘ」であった。どさくさまぎれの朝酒が夕酒になる頃、初老の悪童のろけていうには、輓近二十二歳の愛人を得て昼夜兼行、多々ますます弁じて... | 「私」が汽車で帰る彼を送ったのは何駅ですか。 | 「私」が汽車で帰る彼を送ったのは大阪駅です。 |
JCRRAG_000939 | 国語 | 紙幣鶴
斎藤茂吉
ある晩カフェに行くと、一隅の卓に倚ったひとりの娘が、墺太利の千円紙幣でしきりに鶴を折っている。ひとりの娘というても、僕は二度三度その娘と話したことがあった。僕の友と一しょに夕餐をしたこともあった。世の人々は、この娘の素性などをいろいろ穿鑿せぬ方が賢いとおもう。娘の前を通りしなに、僕はちょっと娘と会話をした。
「こんばんは。何している」
「こんばんは。どうです、旨いでしょう」
「なんだ千円札じゃないか。勿体ないことをするね」
「いいえ、ちっとも勿体なかないわ。ごらんなさい、墺太利のお金は、こうやってどんどん飛ぶわ」
そうして娘は口を細め、頬をふくらめて、紙幣で折った鶴をぷうと吹いた。鶴は虚空に舞い上ったが、忽ち... | この小話は、どんな感銘を「僕」に与えましたか。 | この小話は、墺太利のカアル皇帝が、西班牙領の離れ小島で崩じた時と同じような感銘を「僕」に与えました。 |
JCRRAG_000940 | 国語 | つぎの日も、そのつぎの日も、葉子は森先生を橋の上で待合して学校へ行った。けれどノートの事については何にも仰有らなかった。葉子もそれをきこうとはしなかった。
光子は葉子が先生と一緒に学校へ来るのが妬しくてならなかった。その週間も過ぎて、つぎの地理の時間が来た。
葉子が忘れようとしていた記憶はまた新しくなった。葉子は、おずおずと先生の方を見た。先週習ったところは幾度となく復習して来たから、どこをきかれても答えられたけれど、先生は葉子の方を決して見なかった。そして光子に向って、
「巴里はどこの都ですか」とお訊ねになった。すると「佛蘭西の都であります」と光子が嬉しそうに答えた。
地理の時間が終ると、運動場のアカシヤの木の下へいって、... | 葉子は誰を橋の上で待合して学校へ行きましたか。 | 葉子は森先生を橋の上で待合して学校へ行きました。 |
JCRRAG_000941 | 国語 | 今朝の夢・大きな象が
田井田かわず
散らかった部屋の床に布団を敷いて寝ていると、夢見心地に何かの音が聞こえた気がした。意識を持ちあげて耳をすましてみると、どうやら気のせいというわけでも、夢の中というわけでも無いようだ。
興味をそそられて、私にしては珍しく果敢に布団から起き出し、ダイニングに居た父に声をかけた。
「父さん、これ何の音?」
トランペットとか、ああいったたぐいの楽器をとりあえず思いっきり吹いてみたような音、と言えば伝わるかどうかは分からないが、とりあえずそういう音が遠くから何かの信号のように響いている。父はただ、窓の外を眺めながら呟いた。
「さぁ、なんだろな」
音の出所はハッキリしているようで、家からは長い坂を下... | 私たちの家はどこに落ちましたか。 | 私たちの家は家の裏手にある小さいアパートの上に落ちました。 |
JCRRAG_000942 | 国語 | 撮影所殺人事件
酒井嘉七
あなたは、勿論、エキストラって御存じでしょう。――活動写真撮影のときに、臨時に雇われて、群衆になったりする――あれですよ。私は聖林にいる時分から、これが本職だったのです。私が千九百三十年に日本へ帰って来た時分には、こんなことで、此方で、おまんまなんか、頂けたものじゃ御座いませんでした。しかし、それから五年の後、私が刑務所から出て来ますと、日本の撮影場もすっかり、亜米利加のあの頃と同じようになっていました。
私は、あちらへ舞い戻ったつもりになって、ABCプロや、XYZプロダクションで、毎日のように、エキストラ稼ぎをしていたんです。
あの朝は、とても霧の深い、息苦しいような、お天気でした。
「こんな日和... | 「やあ、いらっしゃい」と顔を上げたのは誰でしたか。 | 「やあ、いらっしゃい」と顔を上げたのは、五年前にほんものの元町通りでおでん屋をしていた親爺でした。 |
JCRRAG_000943 | 国語 | 撮影所殺人事件
酒井嘉七
あなたは、勿論、エキストラって御存じでしょう。――活動写真撮影のときに、臨時に雇われて、群衆になったりする――あれですよ。私は聖林にいる時分から、これが本職だったのです。私が千九百三十年に日本へ帰って来た時分には、こんなことで、此方で、おまんまなんか、頂けたものじゃ御座いませんでした。しかし、それから五年の後、私が刑務所から出て来ますと、日本の撮影場もすっかり、亜米利加のあの頃と同じようになっていました。
私は、あちらへ舞い戻ったつもりになって、ABCプロや、XYZプロダクションで、毎日のように、エキストラ稼ぎをしていたんです。
あの朝は、とても霧の深い、息苦しいような、お天気でした。
「こんな日和... | 「あの朝」は、どんなお天気でしたか。 | 「あの朝」は、とても霧の深い、息苦しいようなお天気でした。 |
JCRRAG_000944 | 国語 | 叔母たちはまた、若いころ、たいした浮気もので、蓮葉女だったから、姪の操行を油断なく見張り、厳しく取りしまるには全く見事に適当だと思われていた。年とった蓮葉女ほど、がっちりして用心ぶかく、無情なほど礼儀正しい付きそい役はまたとないのである。彼女は叔母たちの眼をはなれることはめったに許されなかった。城の領地のそとに出るときにはかならず、しっかりとした付きそいがついた。というよりはむしろ、十分な見張りがつけられたのである。また絶えず厳格な行儀作法や文句をいわずに服従することについて講釈を聞かされていた。そして、男については、いやはや、絶対に近づかないように教えこまれ、また断じて信用しないように言われていたから、彼女は正当な許しがなければ、... | 姪は何のようでしたか。 | 姪は刺に守られて色づく薔薇の蕾のようでした。 |
JCRRAG_000945 | 国語 | 私の飼った犬
斎藤弘吉
最初はカラフト犬
私が最初に飼った犬は、カラフト犬でした。大正の終わりごろですが、その当時はほしいと思う日本犬が手にはいらなかったので、立耳巻尾で形が似ているカラフト犬を、ホロナイ河口で漁業組合長をしていた友人に頼んで送ってもらったのです。生後二カ月余、全身黒褐色で胸のところに白毛があり、ムクムクふとって、ちょうどクマの子そっくりでしたので“クマ”と名づけました。東京の気候は、カラフト犬には暖かすぎるので、夜も外につないでおきました。ところが、これがわざわいとなったのです。というのは、飼って間もなく夜半に外から侵入して来た狂犬病の浮浪犬にかまれ、この恐ろしい病気をうつされて、とうとう私自身の手で悲しい処置... | 「私」が最初に飼った犬は何ですか。 | 「私」が最初に飼った犬は、カラフト犬です。 |
JCRRAG_000946 | 国語 | 撮影所殺人事件
酒井嘉七
あなたは、勿論、エキストラって御存じでしょう。――活動写真撮影のときに、臨時に雇われて、群衆になったりする――あれですよ。私は聖林にいる時分から、これが本職だったのです。私が千九百三十年に日本へ帰って来た時分には、こんなことで、此方で、おまんまなんか、頂けたものじゃ御座いませんでした。しかし、それから五年の後、私が刑務所から出て来ますと、日本の撮影場もすっかり、亜米利加のあの頃と同じようになっていました。
私は、あちらへ舞い戻ったつもりになって、ABCプロや、XYZプロダクションで、毎日のように、エキストラ稼ぎをしていたんです。
あの朝は、とても霧の深い、息苦しいような、お天気でした。
「こんな日和... | 「私」が無意識の中でひったくったのは何ですか。 | 「私」が無意識の中でひったくったのは、おでん屋の親爺が前においている出刀です。 |
JCRRAG_000947 | 国語 | 撮影所殺人事件
酒井嘉七
あなたは、勿論、エキストラって御存じでしょう。――活動写真撮影のときに、臨時に雇われて、群衆になったりする――あれですよ。私は聖林にいる時分から、これが本職だったのです。私が千九百三十年に日本へ帰って来た時分には、こんなことで、此方で、おまんまなんか、頂けたものじゃ御座いませんでした。しかし、それから五年の後、私が刑務所から出て来ますと、日本の撮影場もすっかり、亜米利加のあの頃と同じようになっていました。
私は、あちらへ舞い戻ったつもりになって、ABCプロや、XYZプロダクションで、毎日のように、エキストラ稼ぎをしていたんです。
あの朝は、とても霧の深い、息苦しいような、お天気でした。
「こんな日和... | 「私」が日本へ帰って来たのは何年ですか。 | 「私」が日本へ帰って来たのは千九百三十年です。 |
JCRRAG_000948 | 国語 | 撮影所殺人事件
酒井嘉七
あなたは、勿論、エキストラって御存じでしょう。――活動写真撮影のときに、臨時に雇われて、群衆になったりする――あれですよ。私は聖林にいる時分から、これが本職だったのです。私が千九百三十年に日本へ帰って来た時分には、こんなことで、此方で、おまんまなんか、頂けたものじゃ御座いませんでした。しかし、それから五年の後、私が刑務所から出て来ますと、日本の撮影場もすっかり、亜米利加のあの頃と同じようになっていました。
私は、あちらへ舞い戻ったつもりになって、ABCプロや、XYZプロダクションで、毎日のように、エキストラ稼ぎをしていたんです。
あの朝は、とても霧の深い、息苦しいような、お天気でした。
「こんな日和... | 監督は「私」に何と命令しましたか。 | 監督は「私」に、「夜の気分を出すのには丁度いい、すぐ撮影開始だ」と命令しました。 |
JCRRAG_000949 | 国語 | 私の飼った犬
斎藤弘吉
最初はカラフト犬
私が最初に飼った犬は、カラフト犬でした。大正の終わりごろですが、その当時はほしいと思う日本犬が手にはいらなかったので、立耳巻尾で形が似ているカラフト犬を、ホロナイ河口で漁業組合長をしていた友人に頼んで送ってもらったのです。生後二カ月余、全身黒褐色で胸のところに白毛があり、ムクムクふとって、ちょうどクマの子そっくりでしたので“クマ”と名づけました。東京の気候は、カラフト犬には暖かすぎるので、夜も外につないでおきました。ところが、これがわざわいとなったのです。というのは、飼って間もなく夜半に外から侵入して来た狂犬病の浮浪犬にかまれ、この恐ろしい病気をうつされて、とうとう私自身の手で悲しい処置... | 「私」はカラフト犬に何と名づけましたか。 | 「私」はカラフト犬に“クマ”と名づけました。 |
JCRRAG_000950 | 国語 | 私の飼った犬
斎藤弘吉
最初はカラフト犬
私が最初に飼った犬は、カラフト犬でした。大正の終わりごろですが、その当時はほしいと思う日本犬が手にはいらなかったので、立耳巻尾で形が似ているカラフト犬を、ホロナイ河口で漁業組合長をしていた友人に頼んで送ってもらったのです。生後二カ月余、全身黒褐色で胸のところに白毛があり、ムクムクふとって、ちょうどクマの子そっくりでしたので“クマ”と名づけました。東京の気候は、カラフト犬には暖かすぎるので、夜も外につないでおきました。ところが、これがわざわいとなったのです。というのは、飼って間もなく夜半に外から侵入して来た狂犬病の浮浪犬にかまれ、この恐ろしい病気をうつされて、とうとう私自身の手で悲しい処置... | 秋田犬出羽を飼っていた当時、「私の家」はどんな家でしたか。 | 秋田犬出羽を飼っていた当時、「私の家」は山小屋ふうの洋館で、板敷でした。 |
JCRRAG_000951 | 国語 | 石の思い
坂口安吾
私の父は私の十八の年(丁度東京の大地震の秋であったが)に死んだのだから父と子との交渉が相当あってもよい筈なのだが、何もない。私は十三人もある兄弟(尤も妾の子もある)の末男で下に妹が一人あるだけ父とは全く年齢が違う。だから私の友人達が子供と二十五か三十しか違わないので子供達と友達みたいに話をしているのを見ると変な気がするので、私と父にはそういう記憶が全くない。
私の父は二、三流ぐらいの政治家で、つまり田舎政治家とでも称する人種で、十ぺんぐらい代議士に当選して地方の支部長というようなもの、中央ではあまり名前の知られていない人物であった。しかし、こういう人物は極度に多忙なのであろう。家にいるなどということはめった... | 「私の父」はいつ死にましたか。 | 「私の父」は、私の十八の年(丁度東京の大地震の秋)に死にました。 |
JCRRAG_000952 | 国語 | 石の思い
坂口安吾
私の父は私の十八の年(丁度東京の大地震の秋であったが)に死んだのだから父と子との交渉が相当あってもよい筈なのだが、何もない。私は十三人もある兄弟(尤も妾の子もある)の末男で下に妹が一人あるだけ父とは全く年齢が違う。だから私の友人達が子供と二十五か三十しか違わないので子供達と友達みたいに話をしているのを見ると変な気がするので、私と父にはそういう記憶が全くない。
私の父は二、三流ぐらいの政治家で、つまり田舎政治家とでも称する人種で、十ぺんぐらい代議士に当選して地方の支部長というようなもの、中央ではあまり名前の知られていない人物であった。しかし、こういう人物は極度に多忙なのであろう。家にいるなどということはめった... | 「私」の兄弟は何人ですか。 | 「私」の兄弟は十三人です。 |
JCRRAG_000953 | 国語 | ああ玉杯に花うけて
佐藤紅緑
豆腐屋のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金の光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫の扉を開き、たんぽぽはオレンジ色の冠をささげる。堰の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。
チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。そうしてしばらく景色に見とれた。堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげてい... | たんぽぽがささげるのは何色の冠ですか。 | たんぽぽがささげるのはオレンジ色の冠です。 |
JCRRAG_000954 | 国語 | 石の思い
坂口安吾
私の父は私の十八の年(丁度東京の大地震の秋であったが)に死んだのだから父と子との交渉が相当あってもよい筈なのだが、何もない。私は十三人もある兄弟(尤も妾の子もある)の末男で下に妹が一人あるだけ父とは全く年齢が違う。だから私の友人達が子供と二十五か三十しか違わないので子供達と友達みたいに話をしているのを見ると変な気がするので、私と父にはそういう記憶が全くない。
私の父は二、三流ぐらいの政治家で、つまり田舎政治家とでも称する人種で、十ぺんぐらい代議士に当選して地方の支部長というようなもの、中央ではあまり名前の知られていない人物であった。しかし、こういう人物は極度に多忙なのであろう。家にいるなどということはめった... | 「私」が父を見るのはどんな時だけでしたか。 | 「私」が父を見るのは、墨をすらされる時だけでした。 |
JCRRAG_000955 | 国語 | 石の思い
坂口安吾
私の父は私の十八の年(丁度東京の大地震の秋であったが)に死んだのだから父と子との交渉が相当あってもよい筈なのだが、何もない。私は十三人もある兄弟(尤も妾の子もある)の末男で下に妹が一人あるだけ父とは全く年齢が違う。だから私の友人達が子供と二十五か三十しか違わないので子供達と友達みたいに話をしているのを見ると変な気がするので、私と父にはそういう記憶が全くない。
私の父は二、三流ぐらいの政治家で、つまり田舎政治家とでも称する人種で、十ぺんぐらい代議士に当選して地方の支部長というようなもの、中央ではあまり名前の知られていない人物であった。しかし、こういう人物は極度に多忙なのであろう。家にいるなどということはめった... | 「私の親父」が晩年に書いた本は何ですか。 | 「私の親父」が晩年に書いた本は、「北越詩話」という本です。 |
JCRRAG_000956 | 国語 | 石の思い
坂口安吾
私の父は私の十八の年(丁度東京の大地震の秋であったが)に死んだのだから父と子との交渉が相当あってもよい筈なのだが、何もない。私は十三人もある兄弟(尤も妾の子もある)の末男で下に妹が一人あるだけ父とは全く年齢が違う。だから私の友人達が子供と二十五か三十しか違わないので子供達と友達みたいに話をしているのを見ると変な気がするので、私と父にはそういう記憶が全くない。
私の父は二、三流ぐらいの政治家で、つまり田舎政治家とでも称する人種で、十ぺんぐらい代議士に当選して地方の支部長というようなもの、中央ではあまり名前の知られていない人物であった。しかし、こういう人物は極度に多忙なのであろう。家にいるなどということはめった... | 「私」は小学校へ上らぬうちから何を読んでいましたか。 | 「私」は小学校へ上らぬうちから新聞を読んでいました。 |
JCRRAG_000957 | 国語 | ああ玉杯に花うけて
佐藤紅緑
豆腐屋のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金の光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫の扉を開き、たんぽぽはオレンジ色の冠をささげる。堰の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。
チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。そうしてしばらく景色に見とれた。堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげてい... | 阪井巌は誰の子ですか。 | 阪井巌は役場の助役の子です。 |
JCRRAG_000958 | 国語 | ああ玉杯に花うけて
佐藤紅緑
豆腐屋のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金の光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫の扉を開き、たんぽぽはオレンジ色の冠をささげる。堰の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。
チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。そうしてしばらく景色に見とれた。堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげてい... | チビ公は今年何歳になりますか。 | チビ公は今年十五歳になります。 |
JCRRAG_000959 | 国語 | ああ玉杯に花うけて
佐藤紅緑
豆腐屋のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金の光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫の扉を開き、たんぽぽはオレンジ色の冠をささげる。堰の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。
チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。そうしてしばらく景色に見とれた。堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげてい... | チビ公がくるりとまわしたのは何ですか。 | チビ公がくるりとまわしたのは、肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけです。 |
JCRRAG_000960 | 国語 | ああ玉杯に花うけて
佐藤紅緑
豆腐屋のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金の光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫の扉を開き、たんぽぽはオレンジ色の冠をささげる。堰の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。
チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。そうしてしばらく景色に見とれた。堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげてい... | 小学校時代にいつも首席であったのは誰ですか。 | 小学校時代にいつも首席であったのはチビ公です。 |
JCRRAG_000961 | 国語 | ある女の生涯
島崎藤村
おげんはぐっすり寝て、朝の四時頃には自分の娘や小さな甥なぞの側に眼をさました。慣れない床、慣れない枕、慣れない蚊帳の内で、そんなに前後も知らずに深く眠られたというだけでも、おげんに取ってはめずらしかった。気の置けないものばかり――娘のお新に、婆やに、九つになる小さな甥まで入れると、都合四人も同じ蚊帳の内に枕を並べて寝たこともめずらしかった。
八月のことで、短か夜を寝惜むようなお新はまだよく眠っていた。おげんはそこに眠っている人形の側でも離れるようにして、自分の娘の側を離れた。蚊帳を出て、部屋の雨戸を一二枚ほど開けて見ると、夏の空は明けかかっていた。
「漸く来た。」
とおげんは独りでそれを言って見た。そ... | おげんが眼をさましたのは何時頃でしたか。 | おげんが眼をさましたのは朝の四時頃でした。 |
JCRRAG_000962 | 国語 | ある女の生涯
島崎藤村
おげんはぐっすり寝て、朝の四時頃には自分の娘や小さな甥なぞの側に眼をさました。慣れない床、慣れない枕、慣れない蚊帳の内で、そんなに前後も知らずに深く眠られたというだけでも、おげんに取ってはめずらしかった。気の置けないものばかり――娘のお新に、婆やに、九つになる小さな甥まで入れると、都合四人も同じ蚊帳の内に枕を並べて寝たこともめずらしかった。
八月のことで、短か夜を寝惜むようなお新はまだよく眠っていた。おげんはそこに眠っている人形の側でも離れるようにして、自分の娘の側を離れた。蚊帳を出て、部屋の雨戸を一二枚ほど開けて見ると、夏の空は明けかかっていた。
「漸く来た。」
とおげんは独りでそれを言って見た。そ... | おげんの甥はいくつになりますか。 | おげんの甥は九つになります。 |
JCRRAG_000963 | 国語 | ある女の生涯
島崎藤村
おげんはぐっすり寝て、朝の四時頃には自分の娘や小さな甥なぞの側に眼をさました。慣れない床、慣れない枕、慣れない蚊帳の内で、そんなに前後も知らずに深く眠られたというだけでも、おげんに取ってはめずらしかった。気の置けないものばかり――娘のお新に、婆やに、九つになる小さな甥まで入れると、都合四人も同じ蚊帳の内に枕を並べて寝たこともめずらしかった。
八月のことで、短か夜を寝惜むようなお新はまだよく眠っていた。おげんはそこに眠っている人形の側でも離れるようにして、自分の娘の側を離れた。蚊帳を出て、部屋の雨戸を一二枚ほど開けて見ると、夏の空は明けかかっていた。
「漸く来た。」
とおげんは独りでそれを言って見た。そ... | おげんが旦那の死を見送ったのは何年前ですか。 | おげんが旦那の死を見送ったのは二年前です。 |
JCRRAG_000964 | 国語 | ある女の生涯
島崎藤村
おげんはぐっすり寝て、朝の四時頃には自分の娘や小さな甥なぞの側に眼をさました。慣れない床、慣れない枕、慣れない蚊帳の内で、そんなに前後も知らずに深く眠られたというだけでも、おげんに取ってはめずらしかった。気の置けないものばかり――娘のお新に、婆やに、九つになる小さな甥まで入れると、都合四人も同じ蚊帳の内に枕を並べて寝たこともめずらしかった。
八月のことで、短か夜を寝惜むようなお新はまだよく眠っていた。おげんはそこに眠っている人形の側でも離れるようにして、自分の娘の側を離れた。蚊帳を出て、部屋の雨戸を一二枚ほど開けて見ると、夏の空は明けかかっていた。
「漸く来た。」
とおげんは独りでそれを言って見た。そ... | 少年の蜂谷を引取って書生として世話したのは誰ですか。 | 少年の蜂谷を引取って書生として世話したのは、おげんの亡くなった旦那です。 |
JCRRAG_000965 | 国語 | 私の飼った犬
斎藤弘吉
最初はカラフト犬
私が最初に飼った犬は、カラフト犬でした。大正の終わりごろですが、その当時はほしいと思う日本犬が手にはいらなかったので、立耳巻尾で形が似ているカラフト犬を、ホロナイ河口で漁業組合長をしていた友人に頼んで送ってもらったのです。生後二カ月余、全身黒褐色で胸のところに白毛があり、ムクムクふとって、ちょうどクマの子そっくりでしたので“クマ”と名づけました。東京の気候は、カラフト犬には暖かすぎるので、夜も外につないでおきました。ところが、これがわざわいとなったのです。というのは、飼って間もなく夜半に外から侵入して来た狂犬病の浮浪犬にかまれ、この恐ろしい病気をうつされて、とうとう私自身の手で悲しい処置... | 秋田犬出羽は、夜いつもどこに寝ていましたか。 | 秋田犬出羽は、夜いつも、階段の下の洗面所のドアの前に寝ていました。 |
JCRRAG_000966 | 国語 | あさぼらけ
砂東 塩
トウヒコウしよう――と、凪は言った。中学校の帰り道のことだ。
頭の中で「トウヒコウ」が「トウ飛行」に変わる。脳が「逃避行」と浮かれた誤字変換を上書きした。
「逃げるの?」
「全部捨てて自由になりたい。歩は今の生活が窮屈じゃない?」
窮屈だろうか、と歩は考えた。
朝起きた頃に母親は「行ってきます」と家を出ていく。歩は一人で朝食をすませて学校。いつもどおりの顔ぶれ、いつもと同じやりとり、凪だけが異質に映る教室。家に帰ったら一人で夕飯。部屋でくつろいでいると「ただいま」と母親の声。彼女がお風呂に入っているうちに料理を温め、一緒にテレビを観て一日が終わる。
歩がベッドに入って目を閉じると、毎晩のように凪の顔... | 凪は中学校の帰り道で何と言いましたか。 | 凪は中学校の帰り道でトウヒコウしようと言いました。 |
JCRRAG_000967 | 国語 | ある日私は大通りからそっちの方へと入って行って見た。
私はそこにガラス窓や、ドアや、不恰好なヴェランダや、低い物干台などを発見した。二条三条ある横の通りを縦に小さな巷路の貫ぬいているのを発見した。新開地でもあるかのように新しくぞんざいに建てられた二階屋の軒から軒へと続いてつらなっているのを発見した。しかもところどころに空地があってそこに夕日がさし込んで来ているのを、二階の小さな窓のところに柘榴か何かの盆栽が置いてあって、それにその余照が明るくさし添っているのを発見した。これが魚河岸だろうか。かつてはこの大都会の胃であり腸であった魚河岸の内部だろうか。それは私とて今までに一度だってその内部に入って見たことがあるのではなかった。それ... | 私は大通りからそっちの方へと入って行って何を発見しましたか。 | 私はそこにガラス窓や、ドアや、不恰好なヴェランダや、低い物干台などの他、新開地でもあるかのように新しくぞんざいに建てられた二階屋の軒から軒へと続いてつらなっているのや、ところどころに空地があってそこに夕日がさし込んで来ているのを、二階の小さな窓のところに柘榴か何かの盆栽が置いてあって、それにその余照が明るくさし添っているのを発見しました。 |
JCRRAG_000968 | 国語 | ある日私は大通りからそっちの方へと入って行って見た。
私はそこにガラス窓や、ドアや、不恰好なヴェランダや、低い物干台などを発見した。二条三条ある横の通りを縦に小さな巷路の貫ぬいているのを発見した。新開地でもあるかのように新しくぞんざいに建てられた二階屋の軒から軒へと続いてつらなっているのを発見した。しかもところどころに空地があってそこに夕日がさし込んで来ているのを、二階の小さな窓のところに柘榴か何かの盆栽が置いてあって、それにその余照が明るくさし添っているのを発見した。これが魚河岸だろうか。かつてはこの大都会の胃であり腸であった魚河岸の内部だろうか。それは私とて今までに一度だってその内部に入って見たことがあるのではなかった。それ... | 私は書生時代にいつもどこからどこの方へと近路をして抜けて行きましたか。 | 私は書生時代にいつも橋のこっちの袂から四日市の方へと近路をして抜けて行きました。 |
JCRRAG_000969 | 国語 | 真夏の夢
ストリンドベルヒ August Strindberg
有島武郎訳
北の国も真夏のころは花よめのようなよそおいをこらして、大地は喜びに満ち、小川は走り、牧場の花はまっすぐに延び、小鳥は歌いさえずります。その時一羽の鳩が森のおくから飛んで来て、寝ついたなりで日をくらす九十に余るおばあさんの家の窓近く羽を休めました。
物の二十年も臥せったなりのこのおばあさんは、二人のむすこが耕すささやかな畑地のほかに、窓越しに見るものはありませなんだが、おばあさんの窓のガラスは、にじのようなさまざまな色のをはめてあったから、そこからのぞく人間も世間も、普通のものとは異なっていました。まくらの上でちょっと頭さえ動かせば、目に見える景色が赤、... | 夏が来ると、おばあさんは窓をどうしましたか。 | おばあさんは、夏が来ると窓をあけ放させました。 |
JCRRAG_000970 | 国語 | 跳ね橋がもはや下ろされていて、その見知らぬ人は城門の前に進んでいた。彼は背の高い立派な騎士で、黒い馬にまたがっていた。顔色は青ざめていたが、輝かしい神秘的な眼をしていて、堂々としたうちにもうち沈んだところがあった。男爵は彼がこのように簡単なひとりぼっちの旅姿でやってきたことに、いささか気分を悪くした。男爵の威厳をしめそうとする気もちが一瞬きずつけられた。この客の有様はこの重大な場合に正式の礼を欠くものではないか、縁をむすぼうとしている相手の大切な家柄に対しても、敬意が足りないではないか、と彼は考えたくなった。とはいえ、男爵は、相手が若さのためにはやる心をおさえきれず、供のものたちよりも先に着いたに違いないときめて自分をなぐさめた。
... | 見知らぬ人は何色の馬にまたがっていましたか。 | 見知らぬ人は黒い馬にまたがっていました。 |
JCRRAG_000971 | 国語 | 跳ね橋がもはや下ろされていて、その見知らぬ人は城門の前に進んでいた。彼は背の高い立派な騎士で、黒い馬にまたがっていた。顔色は青ざめていたが、輝かしい神秘的な眼をしていて、堂々としたうちにもうち沈んだところがあった。男爵は彼がこのように簡単なひとりぼっちの旅姿でやってきたことに、いささか気分を悪くした。男爵の威厳をしめそうとする気もちが一瞬きずつけられた。この客の有様はこの重大な場合に正式の礼を欠くものではないか、縁をむすぼうとしている相手の大切な家柄に対しても、敬意が足りないではないか、と彼は考えたくなった。とはいえ、男爵は、相手が若さのためにはやる心をおさえきれず、供のものたちよりも先に着いたに違いないときめて自分をなぐさめた。
... | 男爵は自分がどうであることを鼻にかけていましたか。 | 男爵は自分が礼儀正しく雄弁であることを鼻にかけていました。 |
JCRRAG_000972 | 国語 | 跳ね橋がもはや下ろされていて、その見知らぬ人は城門の前に進んでいた。彼は背の高い立派な騎士で、黒い馬にまたがっていた。顔色は青ざめていたが、輝かしい神秘的な眼をしていて、堂々としたうちにもうち沈んだところがあった。男爵は彼がこのように簡単なひとりぼっちの旅姿でやってきたことに、いささか気分を悪くした。男爵の威厳をしめそうとする気もちが一瞬きずつけられた。この客の有様はこの重大な場合に正式の礼を欠くものではないか、縁をむすぼうとしている相手の大切な家柄に対しても、敬意が足りないではないか、と彼は考えたくなった。とはいえ、男爵は、相手が若さのためにはやる心をおさえきれず、供のものたちよりも先に着いたに違いないときめて自分をなぐさめた。
... | 男爵がひと句切りするまでには、彼らは城のどこにきていましたか。 | 男爵がひと句切りするまでには、彼らは城の中庭にきていました。 |
JCRRAG_000973 | 国語 | ある日私は大通りからそっちの方へと入って行って見た。
私はそこにガラス窓や、ドアや、不恰好なヴェランダや、低い物干台などを発見した。二条三条ある横の通りを縦に小さな巷路の貫ぬいているのを発見した。新開地でもあるかのように新しくぞんざいに建てられた二階屋の軒から軒へと続いてつらなっているのを発見した。しかもところどころに空地があってそこに夕日がさし込んで来ているのを、二階の小さな窓のところに柘榴か何かの盆栽が置いてあって、それにその余照が明るくさし添っているのを発見した。これが魚河岸だろうか。かつてはこの大都会の胃であり腸であった魚河岸の内部だろうか。それは私とて今までに一度だってその内部に入って見たことがあるのではなかった。それ... | 昔のままの何がただ一軒そこに残っていましたか。 | 昔のままの大きな蒲鉾屋がただ一軒そこに残っていました。 |
JCRRAG_000974 | 国語 | つぎの日も、そのつぎの日も、葉子は森先生を橋の上で待合して学校へ行った。けれどノートの事については何にも仰有らなかった。葉子もそれをきこうとはしなかった。
光子は葉子が先生と一緒に学校へ来るのが妬しくてならなかった。その週間も過ぎて、つぎの地理の時間が来た。
葉子が忘れようとしていた記憶はまた新しくなった。葉子は、おずおずと先生の方を見た。先週習ったところは幾度となく復習して来たから、どこをきかれても答えられたけれど、先生は葉子の方を決して見なかった。そして光子に向って、
「巴里はどこの都ですか」とお訊ねになった。すると「佛蘭西の都であります」と光子が嬉しそうに答えた。
地理の時間が終ると、運動場のアカシヤの木の下へいって、... | 先生はどこを決して見ませんでしたか。 | 先生は葉子の方を決して見ませんでした。 |
JCRRAG_000975 | 国語 | ある日私は大通りからそっちの方へと入って行って見た。
私はそこにガラス窓や、ドアや、不恰好なヴェランダや、低い物干台などを発見した。二条三条ある横の通りを縦に小さな巷路の貫ぬいているのを発見した。新開地でもあるかのように新しくぞんざいに建てられた二階屋の軒から軒へと続いてつらなっているのを発見した。しかもところどころに空地があってそこに夕日がさし込んで来ているのを、二階の小さな窓のところに柘榴か何かの盆栽が置いてあって、それにその余照が明るくさし添っているのを発見した。これが魚河岸だろうか。かつてはこの大都会の胃であり腸であった魚河岸の内部だろうか。それは私とて今までに一度だってその内部に入って見たことがあるのではなかった。それ... | 私は、巷路からこっちへと出て来るところには、何を眼にしましたか。 | 私は、巷路からこっちへと出て来るところには、山くじらを売っている店があるのなどを眼にしました。 |
JCRRAG_000976 | 国語 | 学問上の閲歴のようなものを書けという『思想』の編輯部からの話があった。これまでもあちこちから同じことをしばしば勧められたが、いつも書く気になれなかった。人に語るほどの閲歴もないし、久しい前のことは記憶もはっきりせず、その上に、じぶんのことを書くのは書きにくくもあるので、筆をとりかねたのである。それに、ぼくがいくらか学問上のしごとをしたとするにしても、その大部分は一般の学界とは殆どかかりあいのないものであったから、ぼくの閲歴はぼくだけの閲歴であって、それによって学界の動向などが知られるわけでもなく、従ってそれを書くことに大した意味はない、という理由もあった。しかし書かないことを固執するにも及ぶまいから、思い出されることを思い出すまま... | 獨逸学協会学校につとめてからは、何について考えてみようと思いつきましたか。 | 獨逸学協会学校につとめてからは、明治維新のことを、主として思想の方面について、少し考えてみようと思いつきました。 |
JCRRAG_000977 | 国語 | 西洋科学は素晴らしい
C. スミス C. Smith
The Creative CAT 訳
一人の火星人と三人の共産主義者の出任せ話でございます
火星人は御影石の小さな断崖の上に座っていた。そよ風を楽しめるように小ぶりな樅の木の形態を取っている。尖った常緑樹の葉の間を風が気持ちよく吹いていった。
崖下に一人のアメリカ人が立っていた。火星人が目にした初めてのアメリカ人である。
アメリカ人はポケットから魅惑的なまでに巧妙な装置を取り出した。金属製の小箱で、ノズルが持ち上がると即座に炎を発した。彼は苦もなくこの神秘の装置から、至福を齎す薬草の詰まった円筒に火を移した。火星人はこれがアメリカ人たちがシガレットと呼ぶものであることを... | 誰が崖下に立っていましたか。 | 一人のアメリカ人が、崖下に立っていました。 |
JCRRAG_000978 | 国語 | 西洋科学は素晴らしい
C. スミス C. Smith
The Creative CAT 訳
一人の火星人と三人の共産主義者の出任せ話でございます
火星人は御影石の小さな断崖の上に座っていた。そよ風を楽しめるように小ぶりな樅の木の形態を取っている。尖った常緑樹の葉の間を風が気持ちよく吹いていった。
崖下に一人のアメリカ人が立っていた。火星人が目にした初めてのアメリカ人である。
アメリカ人はポケットから魅惑的なまでに巧妙な装置を取り出した。金属製の小箱で、ノズルが持ち上がると即座に炎を発した。彼は苦もなくこの神秘の装置から、至福を齎す薬草の詰まった円筒に火を移した。火星人はこれがアメリカ人たちがシガレットと呼ぶものであることを... | 至福を齎す薬草の詰まった円筒を、アメリカ人たちは何と呼びますか。 | アメリカ人たちは、至福を齎す薬草の詰まった円筒をシガレットと呼びます。 |
JCRRAG_000979 | 国語 | 跳ね橋がもはや下ろされていて、その見知らぬ人は城門の前に進んでいた。彼は背の高い立派な騎士で、黒い馬にまたがっていた。顔色は青ざめていたが、輝かしい神秘的な眼をしていて、堂々としたうちにもうち沈んだところがあった。男爵は彼がこのように簡単なひとりぼっちの旅姿でやってきたことに、いささか気分を悪くした。男爵の威厳をしめそうとする気もちが一瞬きずつけられた。この客の有様はこの重大な場合に正式の礼を欠くものではないか、縁をむすぼうとしている相手の大切な家柄に対しても、敬意が足りないではないか、と彼は考えたくなった。とはいえ、男爵は、相手が若さのためにはやる心をおさえきれず、供のものたちよりも先に着いたに違いないときめて自分をなぐさめた。
... | 十八という年頃の娘は、何にかたむきやすいのですか。 | 十八という年頃の娘は、恋愛や結婚にかたむきやすいです。 |
JCRRAG_000980 | 国語 | 田舎医師の子
相馬泰三
一
六年振りに、庸介が自分の郷里へ帰って来たのは七月上旬のことであった。
その日は、その頃のそうした昨日、一昨日と同じように別にこれという事もない日であった。夜の八時頃、彼は、暗く闇に包まれた父の家へ到着した。
彼は意気地なくおどおどしていた。玄関の戸は事実、彼によって非常に注意深く静かに開けられたのであったが、それは彼の耳にのみはあまりに乱暴な大きな音を立てた。「なあにこれは俺の父の家だ。俺の生れた家だ。……俺は今、久しぶりに自分のふるさとへ帰って来たのだ!」彼は、心の中でこう自分自身に力附けようとした。
誰もそこへ出て来る者がなかった。彼はそこに突立ったまま、何と言葉を発していいか、... | 姪の律子は今年何歳になりますか。 | 姪の律子は今年十二歳になります。 |
JCRRAG_000981 | 国語 | 田舎医師の子
相馬泰三
一
六年振りに、庸介が自分の郷里へ帰って来たのは七月上旬のことであった。
その日は、その頃のそうした昨日、一昨日と同じように別にこれという事もない日であった。夜の八時頃、彼は、暗く闇に包まれた父の家へ到着した。
彼は意気地なくおどおどしていた。玄関の戸は事実、彼によって非常に注意深く静かに開けられたのであったが、それは彼の耳にのみはあまりに乱暴な大きな音を立てた。「なあにこれは俺の父の家だ。俺の生れた家だ。……俺は今、久しぶりに自分のふるさとへ帰って来たのだ!」彼は、心の中でこう自分自身に力附けようとした。
誰もそこへ出て来る者がなかった。彼はそこに突立ったまま、何と言葉を発していいか、... | 庸介はどこの専門学校を卒業しましたか。 | 庸介は東京の専門学校を卒業しました。 |
JCRRAG_000982 | 国語 | 私の飼った犬
斎藤弘吉
最初はカラフト犬
私が最初に飼った犬は、カラフト犬でした。大正の終わりごろですが、その当時はほしいと思う日本犬が手にはいらなかったので、立耳巻尾で形が似ているカラフト犬を、ホロナイ河口で漁業組合長をしていた友人に頼んで送ってもらったのです。生後二カ月余、全身黒褐色で胸のところに白毛があり、ムクムクふとって、ちょうどクマの子そっくりでしたので“クマ”と名づけました。東京の気候は、カラフト犬には暖かすぎるので、夜も外につないでおきました。ところが、これがわざわいとなったのです。というのは、飼って間もなく夜半に外から侵入して来た狂犬病の浮浪犬にかまれ、この恐ろしい病気をうつされて、とうとう私自身の手で悲しい処置... | 「私」が飼った土佐闘犬の子犬は何色でしたか。 | 「私」が飼った土佐闘犬の子犬は、うす茶色でした。 |
JCRRAG_000983 | 国語 | 田舎医師の子
相馬泰三
一
六年振りに、庸介が自分の郷里へ帰って来たのは七月上旬のことであった。
その日は、その頃のそうした昨日、一昨日と同じように別にこれという事もない日であった。夜の八時頃、彼は、暗く闇に包まれた父の家へ到着した。
彼は意気地なくおどおどしていた。玄関の戸は事実、彼によって非常に注意深く静かに開けられたのであったが、それは彼の耳にのみはあまりに乱暴な大きな音を立てた。「なあにこれは俺の父の家だ。俺の生れた家だ。……俺は今、久しぶりに自分のふるさとへ帰って来たのだ!」彼は、心の中でこう自分自身に力附けようとした。
誰もそこへ出て来る者がなかった。彼はそこに突立ったまま、何と言葉を発していいか、... | 庸介が自分の郷里へ帰って来たのは何年振りでしたか。 | 庸介が自分の郷里へ帰って来たのは六年振りでした。 |
JCRRAG_000984 | 国語 | 世界怪談名作集
幽霊の移転
ストックトン Francis Richard Stockton
岡本綺堂訳
ジョン・ヒンクマン氏の田園住宅は、いろいろの理由から僕にとっては甚だ愉快な場所で、やや無遠慮ではあるが、まことに居心地のよい接待ぶりの寓居であった。庭には綺麗に刈り込んだ芝原と、塔のように突っ立った槲や楡の木があって、ほかにも所どころに木立ちが茂っていた。家から遠くないところに小さい流れがあって、そこには皮付きの粗末な橋が架けてあった。
ここらには花もあれば果物もあり、愉快な人たちも住んでいて、将棋、玉突き、騎馬、散歩、魚釣りなどの遊戯機関もそなわっていた。それらはもちろん、大いに人を惹くの力はあったが、単にそれだけのことで... | 僕が招待されたのはいつですか。 | 僕は、鱒の捕れる時節に招待されました。 |
JCRRAG_000985 | 国語 | 世界怪談名作集
幽霊の移転
ストックトン Francis Richard Stockton
岡本綺堂訳
ジョン・ヒンクマン氏の田園住宅は、いろいろの理由から僕にとっては甚だ愉快な場所で、やや無遠慮ではあるが、まことに居心地のよい接待ぶりの寓居であった。庭には綺麗に刈り込んだ芝原と、塔のように突っ立った槲や楡の木があって、ほかにも所どころに木立ちが茂っていた。家から遠くないところに小さい流れがあって、そこには皮付きの粗末な橋が架けてあった。
ここらには花もあれば果物もあり、愉快な人たちも住んでいて、将棋、玉突き、騎馬、散歩、魚釣りなどの遊戯機関もそなわっていた。それらはもちろん、大いに人を惹くの力はあったが、単にそれだけのことで... | 僕は、誰をわがものにしなければならないと考えていますか。 | 僕は、マデライン嬢をわがものにしなければならないと考えています。 |
JCRRAG_000986 | 国語 | 田舎医師の子
相馬泰三
一
六年振りに、庸介が自分の郷里へ帰って来たのは七月上旬のことであった。
その日は、その頃のそうした昨日、一昨日と同じように別にこれという事もない日であった。夜の八時頃、彼は、暗く闇に包まれた父の家へ到着した。
彼は意気地なくおどおどしていた。玄関の戸は事実、彼によって非常に注意深く静かに開けられたのであったが、それは彼の耳にのみはあまりに乱暴な大きな音を立てた。「なあにこれは俺の父の家だ。俺の生れた家だ。……俺は今、久しぶりに自分のふるさとへ帰って来たのだ!」彼は、心の中でこう自分自身に力附けようとした。
誰もそこへ出て来る者がなかった。彼はそこに突立ったまま、何と言葉を発していいか、... | 庸介が暗く闇に包まれた父の家へ到着したのは何時頃でしたか。 | 庸介が暗く闇に包まれた父の家へ到着したのは夜の八時頃でした。 |
JCRRAG_000987 | 国語 | あさぼらけ
砂東 塩
トウヒコウしよう――と、凪は言った。中学校の帰り道のことだ。
頭の中で「トウヒコウ」が「トウ飛行」に変わる。脳が「逃避行」と浮かれた誤字変換を上書きした。
「逃げるの?」
「全部捨てて自由になりたい。歩は今の生活が窮屈じゃない?」
窮屈だろうか、と歩は考えた。
朝起きた頃に母親は「行ってきます」と家を出ていく。歩は一人で朝食をすませて学校。いつもどおりの顔ぶれ、いつもと同じやりとり、凪だけが異質に映る教室。家に帰ったら一人で夕飯。部屋でくつろいでいると「ただいま」と母親の声。彼女がお風呂に入っているうちに料理を温め、一緒にテレビを観て一日が終わる。
歩がベッドに入って目を閉じると、毎晩のように凪の顔... | 歩は何人で夕飯を食べますか。 | 歩は一人で夕飯を食べます。 |
JCRRAG_000988 | 国語 | 真夏の夢
ストリンドベルヒ August Strindberg
有島武郎訳
北の国も真夏のころは花よめのようなよそおいをこらして、大地は喜びに満ち、小川は走り、牧場の花はまっすぐに延び、小鳥は歌いさえずります。その時一羽の鳩が森のおくから飛んで来て、寝ついたなりで日をくらす九十に余るおばあさんの家の窓近く羽を休めました。
物の二十年も臥せったなりのこのおばあさんは、二人のむすこが耕すささやかな畑地のほかに、窓越しに見るものはありませなんだが、おばあさんの窓のガラスは、にじのようなさまざまな色のをはめてあったから、そこからのぞく人間も世間も、普通のものとは異なっていました。まくらの上でちょっと頭さえ動かせば、目に見える景色が赤、... | 鳩は牧場を飛び越してどこへ来ましたか。 | 鳩は牧場を飛び越して、ある百姓がしきりと井戸を掘っている山の中の森に来ました。 |
JCRRAG_000989 | 国語 | 凍るアラベスク
妹尾韶夫
一
風の寒い黄昏だった。勝子は有楽町駅の高い石段を降りると、三十近い職業婦人の落着いた足どりで、自動車の込合った中を通り抜けて、銀座の方へ急いだ。
勝子は東京郊外に住んではいても、銀座へは一年に一度か二度しか来なかった。郊外の下宿から、毎日体操教師として近くの小さい女学校に通うほかには、滅多に外に出たことがなかった。
やや茶色がかった皮膚には健康らしい艶があって、体全体の格好がよくて背の高い彼女は、誰が見てもどちらかと云えば美人に違いなかったが、それでもまだ家庭と云うことを考えたことはなかった。それには別に変った理由があるわけではない。ただ彼女は結婚と云うものを、そんなに楽しいものと思わないまでで... | 有楽町駅の高い石段を降りた勝子はどこへ急ぎましたか。 | 有楽町駅の高い石段を降りた勝子は銀座の方へ急ぎました。 |
JCRRAG_000990 | 国語 | あさぼらけ
砂東 塩
トウヒコウしよう――と、凪は言った。中学校の帰り道のことだ。
頭の中で「トウヒコウ」が「トウ飛行」に変わる。脳が「逃避行」と浮かれた誤字変換を上書きした。
「逃げるの?」
「全部捨てて自由になりたい。歩は今の生活が窮屈じゃない?」
窮屈だろうか、と歩は考えた。
朝起きた頃に母親は「行ってきます」と家を出ていく。歩は一人で朝食をすませて学校。いつもどおりの顔ぶれ、いつもと同じやりとり、凪だけが異質に映る教室。家に帰ったら一人で夕飯。部屋でくつろいでいると「ただいま」と母親の声。彼女がお風呂に入っているうちに料理を温め、一緒にテレビを観て一日が終わる。
歩がベッドに入って目を閉じると、毎晩のように凪の顔... | 歩は何をすると、毎晩のように凪の顔が浮かびましたか。 | 歩はベッドに入って目を閉じると、毎晩のように凪の顔が浮かびました。 |
JCRRAG_000991 | 国語 | 田舎医師の子
相馬泰三
一
六年振りに、庸介が自分の郷里へ帰って来たのは七月上旬のことであった。
その日は、その頃のそうした昨日、一昨日と同じように別にこれという事もない日であった。夜の八時頃、彼は、暗く闇に包まれた父の家へ到着した。
彼は意気地なくおどおどしていた。玄関の戸は事実、彼によって非常に注意深く静かに開けられたのであったが、それは彼の耳にのみはあまりに乱暴な大きな音を立てた。「なあにこれは俺の父の家だ。俺の生れた家だ。……俺は今、久しぶりに自分のふるさとへ帰って来たのだ!」彼は、心の中でこう自分自身に力附けようとした。
誰もそこへ出て来る者がなかった。彼はそこに突立ったまま、何と言葉を発していいか、... | 房子は庸介の何ですか。 | 房子は庸介の妹です。 |
JCRRAG_000992 | 国語 | 凍るアラベスク
妹尾韶夫
一
風の寒い黄昏だった。勝子は有楽町駅の高い石段を降りると、三十近い職業婦人の落着いた足どりで、自動車の込合った中を通り抜けて、銀座の方へ急いだ。
勝子は東京郊外に住んではいても、銀座へは一年に一度か二度しか来なかった。郊外の下宿から、毎日体操教師として近くの小さい女学校に通うほかには、滅多に外に出たことがなかった。
やや茶色がかった皮膚には健康らしい艶があって、体全体の格好がよくて背の高い彼女は、誰が見てもどちらかと云えば美人に違いなかったが、それでもまだ家庭と云うことを考えたことはなかった。それには別に変った理由があるわけではない。ただ彼女は結婚と云うものを、そんなに楽しいものと思わないまでで... | 勝子はどこに住んでいますか。 | 勝子は東京郊外に住んでいます。 |
JCRRAG_000993 | 国語 | 凍るアラベスク
妹尾韶夫
一
風の寒い黄昏だった。勝子は有楽町駅の高い石段を降りると、三十近い職業婦人の落着いた足どりで、自動車の込合った中を通り抜けて、銀座の方へ急いだ。
勝子は東京郊外に住んではいても、銀座へは一年に一度か二度しか来なかった。郊外の下宿から、毎日体操教師として近くの小さい女学校に通うほかには、滅多に外に出たことがなかった。
やや茶色がかった皮膚には健康らしい艶があって、体全体の格好がよくて背の高い彼女は、誰が見てもどちらかと云えば美人に違いなかったが、それでもまだ家庭と云うことを考えたことはなかった。それには別に変った理由があるわけではない。ただ彼女は結婚と云うものを、そんなに楽しいものと思わないまでで... | 勝子は大切な買物をする時に何を必ず持って来ますか。 | 勝子は大切な買物をする時、紫色のメリンスの風呂敷を必ず持って来ます。 |
JCRRAG_000994 | 国語 | 凍るアラベスク
妹尾韶夫
一
風の寒い黄昏だった。勝子は有楽町駅の高い石段を降りると、三十近い職業婦人の落着いた足どりで、自動車の込合った中を通り抜けて、銀座の方へ急いだ。
勝子は東京郊外に住んではいても、銀座へは一年に一度か二度しか来なかった。郊外の下宿から、毎日体操教師として近くの小さい女学校に通うほかには、滅多に外に出たことがなかった。
やや茶色がかった皮膚には健康らしい艶があって、体全体の格好がよくて背の高い彼女は、誰が見てもどちらかと云えば美人に違いなかったが、それでもまだ家庭と云うことを考えたことはなかった。それには別に変った理由があるわけではない。ただ彼女は結婚と云うものを、そんなに楽しいものと思わないまでで... | 彼女は満身の愛を誰に捧げましたか。 | 彼女は満身の愛を生徒たちに捧げました。 |
JCRRAG_000995 | 国語 | 玉菜ぐるま
斎藤茂吉
欧羅巴には、骨骼の逞しい、実に大きな馬がいる。僕は仏蘭西に上陸するや、直ぐその大きな馬に気づいた。この馬は、欧羅巴の至るところで働いている。その骨組が巌丈で、大きな図体は、駈競をする馬などと相対せしめるなら、その心持が勿体ないほど違うのであった。
僕はいまだ童子で、生れた家の庭隈でひとり遊んでいると、「茂吉、じょうめが通るから、ちょっと来てみろまず」母はこんなことをいって僕を呼んだものである。なるほど遥か向うの街道を騎馬の人が駆歩している。駆歩する馬の後えには少しずつ土げむりが立って見える。その遥かな街道は、小山の中腹を鑿開いたのであるから、やや見上げるようになっていた。
じょうめは上馬の義ででもあろう... | 欧羅巴にはどんな馬がいますか。 | 欧羅巴には、骨骼の逞しい、実に大きな馬がいます。 |
JCRRAG_000996 | 国語 | 玉菜ぐるま
斎藤茂吉
欧羅巴には、骨骼の逞しい、実に大きな馬がいる。僕は仏蘭西に上陸するや、直ぐその大きな馬に気づいた。この馬は、欧羅巴の至るところで働いている。その骨組が巌丈で、大きな図体は、駈競をする馬などと相対せしめるなら、その心持が勿体ないほど違うのであった。
僕はいまだ童子で、生れた家の庭隈でひとり遊んでいると、「茂吉、じょうめが通るから、ちょっと来てみろまず」母はこんなことをいって僕を呼んだものである。なるほど遥か向うの街道を騎馬の人が駆歩している。駆歩する馬の後えには少しずつ土げむりが立って見える。その遥かな街道は、小山の中腹を鑿開いたのであるから、やや見上げるようになっていた。
じょうめは上馬の義ででもあろう... | 「僕」はどこで勉強をしていましたか。 | 「僕」は維也納で勉強をしていました。 |
JCRRAG_000997 | 国語 | 凍るアラベスク
妹尾韶夫
一
風の寒い黄昏だった。勝子は有楽町駅の高い石段を降りると、三十近い職業婦人の落着いた足どりで、自動車の込合った中を通り抜けて、銀座の方へ急いだ。
勝子は東京郊外に住んではいても、銀座へは一年に一度か二度しか来なかった。郊外の下宿から、毎日体操教師として近くの小さい女学校に通うほかには、滅多に外に出たことがなかった。
やや茶色がかった皮膚には健康らしい艶があって、体全体の格好がよくて背の高い彼女は、誰が見てもどちらかと云えば美人に違いなかったが、それでもまだ家庭と云うことを考えたことはなかった。それには別に変った理由があるわけではない。ただ彼女は結婚と云うものを、そんなに楽しいものと思わないまでで... | 勝子は毎日どこに通っていましたか。 | 勝子は毎日、近くの小さい女学校に通っていました。 |
JCRRAG_000998 | 国語 | 玉菜ぐるま
斎藤茂吉
欧羅巴には、骨骼の逞しい、実に大きな馬がいる。僕は仏蘭西に上陸するや、直ぐその大きな馬に気づいた。この馬は、欧羅巴の至るところで働いている。その骨組が巌丈で、大きな図体は、駈競をする馬などと相対せしめるなら、その心持が勿体ないほど違うのであった。
僕はいまだ童子で、生れた家の庭隈でひとり遊んでいると、「茂吉、じょうめが通るから、ちょっと来てみろまず」母はこんなことをいって僕を呼んだものである。なるほど遥か向うの街道を騎馬の人が駆歩している。駆歩する馬の後えには少しずつ土げむりが立って見える。その遥かな街道は、小山の中腹を鑿開いたのであるから、やや見上げるようになっていた。
じょうめは上馬の義ででもあろう... | 駆歩する馬の後えには何が立って見えましたか。 | 駆歩する馬の後えには、土げむりが立って見えました。 |
JCRRAG_000999 | 国語 | 玉菜ぐるま
斎藤茂吉
欧羅巴には、骨骼の逞しい、実に大きな馬がいる。僕は仏蘭西に上陸するや、直ぐその大きな馬に気づいた。この馬は、欧羅巴の至るところで働いている。その骨組が巌丈で、大きな図体は、駈競をする馬などと相対せしめるなら、その心持が勿体ないほど違うのであった。
僕はいまだ童子で、生れた家の庭隈でひとり遊んでいると、「茂吉、じょうめが通るから、ちょっと来てみろまず」母はこんなことをいって僕を呼んだものである。なるほど遥か向うの街道を騎馬の人が駆歩している。駆歩する馬の後えには少しずつ土げむりが立って見える。その遥かな街道は、小山の中腹を鑿開いたのであるから、やや見上げるようになっていた。
じょうめは上馬の義ででもあろう... | 母は何といって僕を呼びましたか。 | 母は「茂吉、じょうめが通るから、ちょっと来てみろまず」といって僕を呼びました。 |
JCRRAG_001000 | 国語 | 玉菜ぐるま
斎藤茂吉
欧羅巴には、骨骼の逞しい、実に大きな馬がいる。僕は仏蘭西に上陸するや、直ぐその大きな馬に気づいた。この馬は、欧羅巴の至るところで働いている。その骨組が巌丈で、大きな図体は、駈競をする馬などと相対せしめるなら、その心持が勿体ないほど違うのであった。
僕はいまだ童子で、生れた家の庭隈でひとり遊んでいると、「茂吉、じょうめが通るから、ちょっと来てみろまず」母はこんなことをいって僕を呼んだものである。なるほど遥か向うの街道を騎馬の人が駆歩している。駆歩する馬の後えには少しずつ土げむりが立って見える。その遥かな街道は、小山の中腹を鑿開いたのであるから、やや見上げるようになっていた。
じょうめは上馬の義ででもあろう... | 僕が渡った運河は何ですか。 | 僕が渡った運河はドナウ運河です。 |
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